産褥熱とはどのような病気か
産褥熱(さんじょくねつ)とは、出産後10日以内に起こる38度以上の発熱を伴う感染症の総称です。出産によってできた子宮内や産道の傷から細菌が侵入し、炎症を起こすことが主な原因とされます。昔は命に関わる病気でしたが、現在は抗菌薬の進歩によりお薬による治療が可能になりました。しかし、対応が遅れると重症化するリスクもあるため、早期発見と早期治療が重要になります。

産後24時間以降の発熱が目安
産褥熱の定義は、出産後24時間を経過してから産後10日までの間に、38度以上の発熱が2日以上続く状態とされています。ただし、発熱が1日だけでも他の症状を伴う場合は注意が必要です。出産直後の24時間以内の発熱は、産褥熱とは別の原因(破水の影響など)も考えられるため、区別されることが多いです。
主な原因は細菌感染
産褥熱の主な原因は、出産時の傷口からの細菌感染です。腟内や子宮頸管に常在しているレンサ球菌、ブドウ球菌、大腸菌などが、胎盤が剥がれた面や帝王切開の傷、会陰切開の傷などから体内に侵入し、炎症を引き起こします。分娩が長引いたり、破水から時間が経ったりすると、感染のリスクが高まると言われています。
また分娩方法によっても異なり、帝王切開はお腹と子宮を切開する手術を伴うため、経腟分娩と比較して産褥熱(特に子宮内膜炎や創部感染)のリスクはやや高まる傾向にあります。手術創が感染の入り口となる可能性があるためです。ただし、現在は予防的に抗菌薬が投与されることが多いため、発症頻度は大きく抑えられています。
主な症状
産褥熱を発症すると、発熱以外にも体に様々なサインが現れます。
38度以上の発熱と悪寒
産褥熱の最も代表的な症状は、38度以上の発熱です。発熱に伴い、悪寒(さむけ)や戦慄(ふるえ)を感じることも多いです。熱が上がったり下がったりを繰り返す場合もあります。産後は軽微な発熱が起こることもありますが、高熱が続く場合は感染症を疑う必要がありますので、すぐに医療機関へ相談することが推奨されます。
下腹部痛や子宮の圧痛
子宮やその周辺で感染が起きている場合、下腹部痛を感じることがあります。特に、医師がお腹の上から子宮を触診した際に強い痛み(圧痛)を感じるのが特徴です。これは子宮内膜炎や子宮筋層炎のサインである可能性が高いです。産後には後陣痛(こうじんつう)もありますが、それとは異なる持続的な痛みには注意しましょう。
悪露の異常(量、色、臭い)
悪露(おろ/出産後に子宮から排出される、血液・分泌物・脱落した細胞などが混ざった分泌物)の状態も重要な判断基準です。正常な悪露は次第に量が減り、色も赤から茶色、黄色へと変化します。しかし、産褥熱の場合は悪露の量が減らなかったり、再び鮮血に戻ったりすることがあります。また、膿(うみ)のような悪露が出たり、通常とは異なる強い悪臭を伴ったりする場合は、感染のサインである可能性が極めて高いです。
ポイント!
産褥熱と診断されたお母さんが心配されるのが母乳(授乳)への影響です。産褥熱自体が母乳を介して赤ちゃんに感染することは基本的にありません。しかし、治療に使用する抗菌薬の種類によっては、母乳への移行を考慮し、一時的に授乳を中断(搾乳して破棄)する必要がある場合もあります。授乳継続の可否は、必ず医師に確認してください。
対処法
まずは出産した産婦人科へ連絡しましょう。
産褥熱が疑われる症状(38度以上の発熱、強い腹痛、悪露の悪臭など)が一つでも当てはまる場合は、時間帯に関わらず、まず出産した産婦人科(病院またはクリニック)へ電話で連絡してください。自己判断で市販の解熱剤を飲む前に、必ず医師の指示を仰ぎましょう。
受診時に伝えるべき情報
- いつから熱があるか
- 体温は何度か
- 発熱以外の症状(腹痛、悪露の異常、悪寒など)はあるか
- 分娩の状況はどうだったか
- 授乳中か
- アレルギーの有無
病院で行われる検査と治療法
医療機関を受診すると、産褥熱かどうかを診断するためにいくつかの検査が行われます。診断が確定した場合、または産褥熱が強く疑われる場合は、速やかに治療が開始されます。
検査
診断は、まず問診と内診で行われます。内診では子宮の戻り具合(子宮復古)や圧痛の有無、悪露の状態を確認します。併せて、血液検査を行い、炎症反応(白血球数やCRP値)をチェックします。原因菌を特定するために、悪露や血液の細菌培養検査が行われることもあります。また、超音波(エコー)検査で子宮内に胎盤の一部などが残っていないか確認します。
治療法
産褥熱の治療の基本は、抗菌薬(抗生物質)の投与です。多くの場合、点滴で投与されるため、入院が必要となることが多いです。原因菌が特定されるまでは、様々な細菌に効果が期待できる広域抗菌薬が使用されます。症状が軽く、原因菌が特定されている場合は、内服薬(飲み薬)で治療できる場合もあります。
抗菌薬による治療と並行して、安静にすることも重要です。発熱や感染により体力は大きく消耗するため、十分な休息が必要とされます。
産褥熱の重症化リスク
産褥熱は、発見が遅れたり治療が適切に行われなかったりすると、稀に重篤な合併症を引き起こす可能性があります。現在は医療の進歩により死亡に至るようなことはかなり減りましたが、リスクがゼロではないことを理解しておく必要があります。
敗血症
子宮内の感染が血液中に広がり、全身に細菌が回ってしまう状態を敗血症と呼びます。敗血症になると、高熱が続き、血圧低下や意識障害などを引き起こすショック状態に陥ることがあります。これは非常に危険な状態であり、集中治療室(ICU)での高度な治療が必要となります。
血栓症(血栓性静脈炎)
産褥熱の炎症が骨盤内の静脈に及ぶと、血栓(血の塊)ができやすくなります(骨盤内血栓性静脈炎)。この血栓が血流に乗って肺に飛ぶと、肺塞栓症(エコノミークラス症候群とも)という重篤な状態を引き起こすリスクがあります。これを防ぐために、抗菌薬と同時に抗凝固薬(血をサラサラにする薬)が使用されることもあります。
予防するためにできること
産褥熱は細菌感染によって起こるため、産後の過ごし方によってある程度リスクを下げることが可能です。
産褥期の衛生管理を徹底する
産褥熱の予防には、まず清潔を保つことが基本です。悪露が出ている間は、ナプキンをこまめに取り替えることが重要です。また、排泄後やナプキン交換時には、前から後ろに向かって拭くなど、正しい方法で清拭(せいしき)や洗浄を行います。入浴は医師の許可が出るまで控え、シャワー浴にしましょう。
十分な休息と栄養を確保する
出産による体力消耗と育児による睡眠不足は、体の免疫力を低下させます。免疫力が低下すると、細菌に感染しやすくなります。産後は無理をせず、家族の協力を得て十分な休息と睡眠時間を確保することが重要です。また、体の回復を助けるために、栄養バランスの取れた食事を心がけましょう。
体調の変化に早く気づく
産褥熱は早期発見が何よりも重要です。産後は毎日体温を測る習慣をつけ、自分の平熱を把握しておきましょう。発熱だけでなく、悪露の臭いや色の変化、腹痛の有無など、普段と違うと感じる点があれば、些細なことでもメモしておき、1ヶ月健診を待たずに産院へ相談しましょう。
医師からのメッセージ
産後は、悪露の異常(量が多い、臭いが強い)、腹痛、発熱など、普段と違う症状がないか注意深く観察しましょう。産褥熱を重症化させないためには、早期の診断と適切な抗菌薬治療が重要です。少しでも気になる症状があれば、「産後の疲れだろう」と自己判断せず、必ず速やかにかかりつけの産婦人科を受診しましょう。
千葉西総合病院産婦人科 幸本康雄
